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世界は錯覚で出来ている

杉原厚吉(工学博士)×石原立也(アニメーション監督)放送開始記念スペシャル対談 前編

【杉原厚吉氏プロフィール】
岐阜県生まれ。1971年東京大学工学部計数工学科卒業、73年同大学院工学系研究科計数工学専門課程修士課程修了、工学部助手、7月通商産業省電子技術総合研究所研究官、80年東京大学工学博士、81年名古屋大学工学部情報工学科助教授、86年東京大学工学部助教授、91年教授、2001年同情報理工学系研究科数理情報学専攻教授、2009年4月より明治大学研究・知財戦略機構特任教授。専門は数理工学。特に、形に関する工学の諸問題に挑戦しており、不可能立体のだまし絵に関わる錯視の研究も精力的に行っている。
この作品で監督を務める石原立也は人間の脳の不思議をより深く理解するために、立体錯視の研究で知られる明治大学特任教授・杉原厚吉博士の研究室を訪ねるのであった――。
理性とは関係なく
脳は錯覚をしてしまう
石原
先生のご専門である数理工学とは、世の中の事象を数学で研究するという学問
ということでよいのでしょうか?
杉原
基本は工学なので、数学はあくまでも道具です。
数学を道具に使って、現実の諸問題を理解したり、解決したり、ものづくりに役立てたりという学問ですね。
石原
そもそも数理工学をされておられて、そこから錯覚や立体的な錯視の研究をされるようになった
きっかけというのは、どういった過程で……?
杉原
私は若い頃、国立の研究所に就職しまして、そこで配属されたのがロボットの目を造るグループでした。
そこで出来上がったソフトウェアの振る舞いを調べているときに、
機械の目は人間とは随分違うということと同時に、その違いを見ていると
「なぜ人間が錯覚を起こすか?」ということが説明できることに気づいたものですから、
人間の視覚にも興味が広がって、特に錯覚を説明するとか、
錯覚の起きるはずの立体を新しく設計するとか、そういうところに踏み込んでいったんです。
錯覚とか目の仕組みはもともと視覚心理学や認知科学という分野で伝統的に研究されてきましたが、
そこはまったく私は無知なので、数学を武器に使って
新しい「錯覚の起こる立体」を造るということをしています。
石原
自動車の渋滞する仕組みを数学的に研究なさっている方もいらっしゃいますが、
ああいうのも同じ分野になりますか?
杉原
それで有名な方が二人くらいいますが、そのうちのひとりの友枝明保という人は武蔵野大学にいて、
所属が数理工学ですね。
渋滞の原因のひとつが「ドライバーが走っているとき、自分の走っている道が上りか下りかを逆に感じる」
という錯覚にあることがわかっているということもあって、私たちと共同研究をしています。
石原
人間ってどうも、トンネルの直前で無意識にブレーキを踏んでしまうらしくて、
それが渋滞の原因になっているらしいですね。
京阪高速道路の天王山トンネルというところではトンネルの入り口の周りに模様がつけてあるんですけど、
これもブレーキをかけるのを和らげるための錯覚なんですかね?
杉原
私の想像ですけど、トンネルは広々としたところに比べて狭いので、
安全のためにスピードを落とさなきゃいけないという、
無意識の心理が働くんだと思います。外に何かあることで、
狭くないような印象を与えるのかもしれないですね。
確かに理性でこうだとわかっていて、知識で知っていたとしても、
それとは無関係に脳は目で見たものを感覚的にとらえてしまうんですよ。
言葉で訴えてもダメで、目が直接そう思うように何とか仕向けないと、
「トンネルに入るときにブレーキを踏んでしまう」ということを避けるのは難しいんじゃないかと思われます。
石原
先生の本でも「間違いだとわかっていても、修正しないで
そのまま間違った立体を思い浮かべ続けるという事実は無視することができない」
と書いていらっしゃって、それはとても興味深かったですし、ある意味で怖いなという気もしました。
杉原
なんで脳が本当のことを知っても別のものを思い浮かべるか?という問いに対しては、
僕自身は手も足も出ないので、心理学等の先生と一緒に考えていこうと思っているところです。
ただ、数学を使って「こんな立体を造れば脳はこんなふうに見るだろう」ということは想像できるので、
計算で立体を設計できるんですけど、最初は「一度はだまされるとしても、
種明かしをして本当の形を教えたら、脳はそれでもうだまされなくなるだろう」というのが
私の漠然とした予想だったんですね。
だけど、造った立体を人に見せてみたら、種を明かしても錯覚の起こる視点から見たら、
また「そうじゃないもの」を思い浮かべるという、その強烈な錯覚は私にも驚きでした。
石原
「複雑なものは脳がまったく思いもよらない」というようなことも書いておられましたね。
杉原
数学で調べると、画像が与えられて、それを投影図にもつ元の立体は何か?
と探すと、無限に可能性があるんです。
でも、人間はその画像を見たときに無限の可能性なんて思い浮かべないで、
すごく単純に、ある立体を思い浮かべてしまう。
その単純さ故に早く処理ができて、生きていけるんだと思ってはいますが、
理性とは無関係に脳が勝手にシンプルなものを復元してしまうということはありますね。
石原
錯覚を起こすようなものは自然界にはないというか、日常生活では普通見ないような画像ですもんね。
杉原
だから目の錯覚というのは、目の病気とか目の異常とかではなくて、
むしろ普段の生活でものを見るときに役に立っている目の機能が、
ちょっと特殊な図形を見たときに極端に表れる。
そういうことが、だんだんわかってきているんです。
自然界に現れないような図形を見たときに「そんなものはどうでもいいや」というのが脳の判断で。
石原
そうか、脳は自然界に現れる形を基本にしているんだ。
杉原
それに対してしっかり認識できることが生きていく上では大事で、
そうやって生物の視覚は進化してきたんでしょうね。
石原
それがわかれば、本当は上り坂の道をちゃんと上りに見せるということも、
錯覚を利用して何かうまく出来そうな気がしますけれど。
杉原
それもありますが、「錯覚を消す」というほうがたぶん大事だと思うんです。
そもそも錯覚とは実際と違うように見えてしまうことなので、事故などの原因になるんですね。
錯覚がないほうが安全な生活になるので、私たちの基本は錯覚の仕組みを調べて、
どうしたら錯覚の起こりにくい生活環境が整えられるかということなんです。
石原
すごく大事な研究ですね。
杉原
トンネルや防音壁のある道路では、壁にパターンを描いて「こちらが水平方向ですよ」ということを
知らせるだけでも、今走っている道が上りか下りか、かなりわかりやすくなりますね。
だけど、自然の景観を壊しちゃいけないような場面では壁にパターンを描くということは難しいので、
もうちょっと別のことを考えなければいけないんですけど、
それはどうしたらいいか、まだよくわかっていないです。
錯覚の参考写真
「人間は直角が大好き」
生活の中にもある錯覚
石原
一気に高度な話になってしまいましたが(笑)、僕たちはアニメーションを作っていまして、
「止まっているものを動いているように見せる」だけでなく
「立体的に見せる」ということをしているんですね。
何となく思ってきたのは、立体に見える仕組みは意外とシンプルというか、
人間の目って単にこんな図形を描いても(ノートに台形を描いて)、
自然と奥のほうが遠くて手前のほうが近いように感じてしまうじゃないですか?
だから向こうに狭まっているものは描きやすいんですけど、
奥へ向かって広がっている物体を手前から見ている絵はすごく描きづらいんです。
杉原
たぶん、その絵を見た人は不自然に見えてしまうでしょうね。
例えばこれが庭の形だったとしたら、長方形の庭がずっと奥まで伸びているような
印象を与えることになるでしょう。
何故なら、人間って直角が大好きなんですよ。私はそう思っています。
石原
「人間は直角が好き」ということも、本で書かれていらっしゃいますね。
杉原
台形を見ると「長方形を斜めから見ているから、そう見えるんだろう」と思いやすいらしくて、
台形を人間にそのままわからせるのは映像では難しい。
石原
先程の道路の話もそうですけど、かなり我々の生活空間に利用できそうな気がしますね。
家を設計するときにこういう庭を造れば、より広く見えるというか。
杉原
イタリアの建築では広く見せるとか狭く見せるということが実際にされているらしくて、
日本で有名なのは鶴岡八幡宮という鎌倉にある神社の参道が、
入り口から本殿に向かってだんだん細くなっているんです。
入り口のところに立って本殿を見ると、すごく遠くにあって厳かに見える。
帰りは逆に近く見えるので、疲れないで帰れる(笑)。
たぶん参道の幅は最初から最後まで同じだと脳が勝手に思って、
それで見かけの幅から距離を推測してしまうのだと思います。
石原
それは計算されて造られたんですかね?
杉原
計算というか、知っていてそういう設計をしたんだろうといわれています。
錯覚と気づかないで錯覚が起きていることは生活の中にもあって、
マンションの広告写真が実際の部屋よりも広く、奥深く感じるというのもそうですし、
スーパーでミカンを売るときに赤いネットに入れているのも、
あれはミカンのオレンジがより引き立つ「色の同化」という錯覚を利用しているんですね。
アメリカなんかに行くと黒いネットに入ってスーパーに並んでいて、
日本で色分けされたのを見慣れているとギョッとしますけど(笑)。
石原
僕が錯覚の中で特にショックを受けたのが、実は色の錯覚でした。
アニメーションでも色を扱っているので、色が違って見えてしまうというのはとてもショックです。
杉原
印象派が始めた画法の一つに点描というものがあって、
絵の具を混ぜてキャンバスに乗せると暗くなってしまうので、
それぞれの鮮やかな色をそのまま点で描いて、見た人間が脳で混ぜるように仕向けるんです。
ところが点描には成功する場合と失敗する場合があって、思った通りに脳が混ぜてくれない。
それが何故かということは不明だったんですけど、錯覚から説明がつくのかもしれないですね。
どういうときに、脳はどんなふうに混ぜるのか?
同じものでも違ったように混ぜてしまうということで。
石原
より色をきれいに見せるということも出来たりするのかもしれないですね。
アニメのタイトルロゴとかは文字の周りを縁取りすることもよくあるので、
ひょっとしたら中の色の印象が変わって見えてしまうということもありそうな気がしてきました。
もうちょっと初心に戻った質問なのですが、先生が錯覚の起こる立体を造られるときには
設計図や数式があったりするんですか?
杉原
では、そういうお話を……。
後編へつづく